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松山地方裁判所西条支部 昭和36年(ワ)80号 判決 1965年4月21日

原告 渡部福一 外一名

被告 丹原町 外三名

主文

被告は丹原町、同豊田栄年、同乗末俊武は各自原告両名に対し各金二〇万円及びこれに対する、被告丹原町、同豊田栄年は昭和三六年五月一八日から、被告乗松俊武は同年同月二〇日から、支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、原告と被告丹原町、同豊田栄年、同乗松俊武との間に生じた部分はこれを三分し、その一を原告の、その二を右三被告の、各負担とし、原告と被告愛媛県との間に生じた部分は原告の負担とする。

本判決第一項は各原告において被告らに対し各金五万円の担保を供するときは、その被告に対し仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は「被告らは連帯して、原告両名に対し各金百万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被告丹原町、同豊田栄年、同乗松俊武訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、被告愛媛県指定代理人は第一次的に「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、予備的に「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告夫婦間の一人娘訴外亡渡部美智子は、丹原町立徳田小学校六年在学中、昭和三五年七月一五日の第二時限目体育の授業時間に、同校教諭被告豊田栄年、同乗松俊武両名の指導のもとに、隣接する徳田中学校内に設置された被告丹原町所有のプールにおいて水泳練習中、同プール内において死亡した。

二、右死亡は、溺死即ち水中における窒息死であり、これは以下に述べるように、本件プールの設置ないし保存管理上の瑕疵と、前記両被告教諭の水泳指導上の過失に因つて生じたものである。

即ち、本件プールは、その内部が上級生徒用の深い部分と小学生用の浅い部分とにほぼ二等分され両者の深浅の差は約五〇糎もあり、その境界部分の底面は約三〇度の傾斜をなしていたが、水面上には右深浅区分を示す何らの標識も施されておらず、また当時本件プールに湛えられていた水は汚濁していて水面からは水底が全く見透せない状態にあり、しかも約一年近く水底の掃除もせず汚濁した水を溜めていた為に、水底は微細な水苔、泥土におおわれ極めてすべりやすくなつていた。しかして前記渡部美智子は前記境界斜面近くの深部水底において、頭部を境界に、足を深部に向けた仰臥姿勢で死体として発見されたのであるが、この状況と、同女が日頃健康で、陸上競技の選手であり、水泳もクラスで上手な方であつたことなど諸般の事情を勘案すれば、当日同女は相当時間水泳練習を行つたのち浅部から深部の方に向つて遊泳を試み、疲労して休息するために水底に立とうとしたところ、深浅の標識がなかつたため浅い所と思い誤つて前記斜面に足をつけ、水苔泥土に足をとられて前下方にすべり、上体が後方に倒れて仰向けに全身水中に没入し、不意の事態に狼狽して思わず気管に吸水してその苦痛と驚きのため心身の平衡を失い且つ水圧のためにわかに浮上体勢に復し得ないまま遂に失神し汚濁した水のため早期に発見救出を得ずしてまもなく死亡するに至つたもの、と推認するほかはないのであるが、元来水泳練習用プールには、事故防止のための当然の処置として、深浅の区分を明らかにする標識を水面上に設置し、また水面外から水底を見透すことができるよう透明な水を湛えておくべきものであるから、これらを欠いた点において本件プールの設置ないし管理には瑕疵があり、且つこの瑕疵が本件死亡の第一の原因となつたものである。

次に、多数の児童に、とりわけ本件の如きプールにおいて、水泳練習をさせるにあたつては、その指導監督にたずさわる者としては常にプール内の児童の動勢に注意を払い、練習終了後は直ちに点呼を行つて異状ないかどうかを調査して万一に備えるなどの注意義務があるにも拘らず、本件水泳練習の指導にあたつた被告豊田栄年、同乗松俊武はいずれもかかる注意を怠り、その結果プール内で死に瀕した渡部美智子を早期に発見救出し得なかつたもので、本件死亡の第二の原因は右両被告の過失にあるといわねばならない。

三、渡部美智子は前記のとおり原告両名間の一人娘で、身体強健、体格良好、容姿また端麗であつたため、その前途に対し原告夫婦が抱懐していた希望と期待も大きかつただけに、叙上の如き不慮の死によつて受けた原告らの悲愁、絶望、哀憐等精神上の苦痛は甚大であり、この損害に対する慰藉料を各百万円と評価するも決して不当ではない。

四、被告丹原町はその所有管理する公の営造物(土地の工作物)たる本件プールの設置ないし管理(保存)に瑕疵があつたため前記渡部美智子を死亡させたものであるから(イ)国家賠償法第二条第一項、民法第七一一条により、もしくは(ロ)民法第七一七条第一項、民法第七一一条により、被告豊田栄年、同乗松俊武は、その過失によつて同女を死亡に至らしめたものであるから、民法第七〇九条、第七一一条によりまた被告愛媛県は、(イ)その公権力の行使たる公立学校教育に当る公務員である被告豊田、同乗松両名の選任監督者ないし費用負担者として、国家賠償法第一条第一項、第三条第一項、民法第七一一条により、もしくは(ロ)右両被告の使用者として民法第七一五条第七一一条、によりそれぞれ原告らに対し前項記載の損害を賠償する義務がある。しかして被告らの本件行為は民法第七一九条第一項にいわゆる共同不法行為に該当するから、被告らは連帯して右損害賠償義務を負うべきものである。

五、よつて被告らに対し前記慰藉料各百万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

第三、請求原因に対する被告らの答弁及び主張

一、被告丹原町、同豊田栄年、同乗松俊武の答弁及び主張

(一)  原告主張の請求原因事実中一の事実及び同三のうち訴外亡渡部美智子が容姿一〇人並以上の児童であつたことは認めるが、その余の事実はすべてこれを争う。

(二)  先づ右渡部美智子の死因は、いわゆる溺死ではなく、心臓麻痺であつて、これは不可抗力によるものであるから、被告らに責任はない。

(三)  仮りに溺死であるとしても、次に述べる理由により被告らにはその責任がない。即ち、

(1)  本件プールにはその設置につき何ら瑕疵はない。その所有者たる被告丹原町は、あらかじめ専門家を派して諸所の学校用プールを視察せしめた上、ほぼ学校用プールとして標準と認められる構造を定め、専門の技術者をして設計施工せしめて本件プールを完成したのであるからその構造その他工作上には何ら欠陥はないのである。本件プールは徳田中学校とこれに隣接する徳田小学校に共用させる目的で建設したものであるため、プールの底面は中央を境として深さに約三〇糎の差を設けてはあるが、これを目して構造上の欠陥ということはできない。

また本件プールの管理の点について云えば、その使用目的、使用方法等の決定変更その他運営に関する基本的権限は丹原町教育委員会にあるが、水泳に使用する間の具体的な管理権限は前記小、中学校の両校長にあるところ、右両校長は共同してプール使用規則を定めこれを制札としてプール入口に掲示し、又印刷物の配布と指導教諭の説明とによつてプールの構造及び使用方法を周知徹底せしめ、且つ、衛生上必要な換水、消毒、清掃も怠らず励行していたのであるから、その管理上にも瑕疵はなかつたのである。ただ、丹原町の経済的地理的条件から、プール用水として附近の池水を導入使用したため多少混濁していた事実はあるが、これをもつて管理に瑕疵ありということはできない。いわんや本件事故の場合においては、用水の多少の不透明さは死体発見遅延の理由とはなり得ても、死亡そのものとは何ら因果関係がない。

(2)  次に原告は被告豊田、同乗松両名に水泳指導上の過失があつたと主張するが、右両教諭は本件水泳指導に際し、事前措置として各児童の健康調査と予備運動を実施し、水泳の実行に当つては児童を小人数の数班に編成して班別に順次水中に入れ、バタ足練習、浮板使用から始めて短区間泳ぎに至り、ついで自由泳ぎをさせるなど細心の指導を実施しているのであるから、本件死亡に至るまでの指導には何ら過失はない。ただ死亡後の措置として死体の発見が多少遅れたことは事実であるが、このことは死亡の責任を問題とする本訴請求の原因とは関係がない。

よつて本訴請求は失当として棄却を免れないものと信ずる。

二、被告愛媛県の答弁及び主張

(一)  本案前の主張

被告愛媛県は、次の理由により本訴被告たるの適格を有しないから、本訴のうち被告愛媛県に対する部分は不適法として却下さるべきである。即ち、

(1)  (国家賠償法に基く請求につき)被告豊田栄年、同乗松俊武は学校教育に従事する公務員であるが、公立学校教育は国家賠償法にいわゆる公権力の行使に該当しないから、本件事故につき被告愛媛県に同法の適用される余地はない。けだし、学校教育の本質は、学校という営造物によつてなされる国民の教化育成にあつて、それが国又は地方公共団体によつて施行される場合でも、国民又は住民を支配する権力の行使を本質とするものではないからである。

(2)  (民法第七一五条に基く請求につき)被告愛媛県は前記両被告の使用者ではない。けだし一般に使用者とは、被用者に対し選任監督を行う地位にある者とされ、また使用者の賠償責任が発生するためには、選任権、監督権の両者が具備するか、少くとも監督関係が存在しなければならないとされているところ、右両被告はいずれも被告丹原町の公務員たる身分を有し、被告丹原町の教育事務の執行機関である同町教育委員会の職務命令に従い、その監督に服するものであつて(地方教育行政の組織及び運営に関する法律――昭和三一年法律第一六二号――第四三条参照)被告愛媛県及びその教育事務の執行機関である同県教育委員会は、右両被告に対し何ら直接且つ具体的な指揮監督の権限を有しないからである。

(二)  本案の答弁及び主張

(1)  原告主張の請求原因事実中一の事実は認めるが、その余の事実はすべて争う。

(2)  すなわち渡部美智子の死因は、いわゆる溺死ではなく、心臓麻痺であつて不可抗力によるというべく、原告主張の如きプールの瑕疵もしくは水泳指導上の過失に基因するものではない。

(3)  なお本案前の主張として述べたところをここにも援用主張する。

(4)  よつて原告の請求は失当として棄却さるべきものである。

第四、証拠<省略>

理由

一、被告愛媛県は、本案前の主張として、本訴につき同被告は被告適格を有しないから、本訴のうち同被告に対する部分は不適法として却下さるべきであるというが、およそ給付の訴においては当事者適格は本案と同一問題に帰するのであり、本件について云えば、右主張の理由とするところ、即ち(1) 公立学校教育は国家賠償法第一条にいう公権力の行使に該当しない、(2) 被告豊田、同乗松の使用者は被告愛媛県ではない、というのは、いずれも原告の主張する損害賠償請求権の発生原因事実を否認するものにすぎず、その当否の検討はまさに本案審理の内容をなすべきものである。よつて本案前の裁判を求める右被告の主張は失当である。

二、原告主張の請求原因一の事実は当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いのない甲第二号証の一、二、証人徳永保、同渡辺和、同余吾一角、同黒河光次、同杉宜幹、同徳永賢、同木下恒春、同黒河勝敏の各証言、原告渡部福一、被告豊田栄年、同乗松俊武各本人尋問の結果を総合すると、次のような事実を認めることができる。

(一)  本件プールの性状

(1)  本件事故現場であるプールは、被告丹原町が、同町立にして且つ互いに隣接する徳田小学校及び徳田中学校の共用施設として、昭和三〇年頃右中学校の校庭に設置したいわゆる二五米プールで、設置以来同町教育委員会から委任を受けた両校校長の管理の下に、専ら両校児童生徒の水泳練習に使用されてきた。

(2)  右のように利用対象が小、中学生全般に亘つたため(尤も、小学一年生のためには別に小プールが付設されている)、本件プールは深浅二つの部分に分けられ、主として小学生は浅い部分を、中学生は深い部分を使用することにしていた。しかして右両部分はプール底面のほぼ中央部を横切る幅一、二八米、傾斜約三〇度の帯状斜面によつて区切られていた。

(3)  本件事故当日におけるプールの水深は(排水の利便上、底面全体に若干の傾斜がつけられていたので、個所によつて多少の相違はあるが)、深部において約一、四米、浅部において約一米であつた。

(4)  本件プールは、その近傍に利用できる浄水源が無かつたためまた町の経済的事清もあつて、設置の当初から最寄りの農業灌漑用溜池から水を引いていたが、右池水そのものが清澄でなかつた上、途中で稲田の水と混り合い、除草時の濁水が加わることもあつて、これをプールに満たすと底が見透せないほど混濁している場合が多く、本件事故当日も、前日にプールを掃除して新たに水を満しておいたものであるにも拘らず、浅部の水底はどうにか見え、深部のそれは全く見えない状態にあつた。

(二)  事故の経過

(1)  昭和三五年七月一五日の第二時限目(午前九時一五分から同一〇時まで)、徳田小学校は、正規の体育授業として、六年生六〇余名を対象に、同校としてその年はじめての水泳練習を本件プールで実施し、被告豊田栄年(同校教頭で六年体育主任)と被告乗松俊武(同校体育主任で六年梅組担任)の両教諭がその指導に当つた。被告豊田は女子約四〇名の指導を受持ち、まず全員をプール脇に整列させ一人一人顔色を見てまわつて健康状態に異常のないことを確認し、準備体操をさせたのち、四つの班に分け、前記浅い部分において、一班ずつ静かに水中に入れ、プールの縁につかまらせてバタ足を練習させ、これを各班一通りおえたのちやはり一班づつ交替で、泳げない者には浮板を持たせて、プールを横に泳がせ、そのあとは自由に練習させた。被告乗松は男子二一、二名を受持ち、被告豊田が行つたような順序は踏まず初めから自由に練習をさせた。しかして第二時限終了のベルを合図に両被告とも練習を打切り、軽く体操をさせたのち解散したが、その際どちらも点呼はとらなかつた。

(2)  ところがその後一五分間の休憩時間を経て午前一〇時一五分第三時限の授業が始まつた際、渡部美智子の机が空席で衣類だけが置いてあつたので大騒ぎとなり、直ちに教師児童らがプールに駈けつけ捜索が行われたが、前記の如く水底が見透せなかつたため、しばらくは果してプールの底に沈んでいるものか否かも分らず、やがて来合わせた教師数人がプールに入り横一列に手をつないで端から足で探つていつた結果、捜索開始から約五分後、境界斜面近くの深部水底に頭を斜面の方向にして仰臥している渡部美智子を発見したのであるが、すでに呼吸も脈博も止つており、その後プール脇において約三時間に亘り施された人工呼吸法、カンフル剤注射等の手当も甲斐なく、向女は遂に蘇生しなかつた。

当日はカンカン照りの暑い日であつた。

(三)  渡部美智子の健康状態等

同女は体位良好で(身長はクラスで二、三番の高さ)、日頃殆ど病気らしい病気にかかつたことのない健康体であり、事故当日練習開始の際に被告両教諭が見たところでも身体に異常は認められなかつた。また同女は陸上競技の選手をしていたほか水泳もクラスでは上手な方で、水泳大会に出るため練習するメンバーに入つており、当日の水泳練習でも泳げない者の手をひいて指導する側にあつた。

以上の事実が認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。

三、(一) そこでまず渡部美智子の死因について考えるに、叙上認定の事実関係、とりわけ、同女の遺体のあつた場所がプールの内部、それも一、四〇米という小学生なら大抵全身を没してしまう深さを有する前記深部の水底であること、当日が好天で暑い日であつたこと(これによつて、当時プールの水温もそう低いものでなく、従つていわゆる寒冷シヨツクの起る可能性が少なかつたことが推測される)及び前認定の同女の健康状態に鑑定人上田政雄の鑑定結果を総合すると、同女の死因は溺死、即ち水中における窒息死と認めるのが相当である。

被告らは同女の死因は心臓麻痺である旨主張し、成立に争いのない甲第二号証の一、乙第一号証及び証人黒河勝敏の証言によると、事故の当日渡部美智子の死体を検案した徳田小学校校医黒河勝敏は同女の死因を「水泳中における心臓麻痺の疑」いと診断している事実が認められるけれども、前記黒河勝敏の証言によれば、同医師は心臓麻痺が死因であると診断するにつき必ずしも確信があつたわけではなく、前記検案の際死体に認められた次のような徴候、即ち、余り水を吸飲していないようであつたこと、「うつ血」が無かつたこと、口や鼻の内側に粘稠な泡沫が見られなかつたこと、瞳孔が「散大」ではなく中等度の「拡大」であり、正常より多少大きい程度であつたこと、等により、溺死であるよりも心臓麻痺死である方に近いと考えた結果前記の診断となつたものであることが認められるところ、前記鑑定結果によれば、死体に表われる諸徴候は、死後の時間経過につれて刻々変化するものであるから、常に時間との関連において把握しなければならないこと、しかるに右黒河医師の行つた検案はこの点の精密さを欠き、したがつて同医師が認めたという右のような徴候の正確さに窺問の余地があるのみならず、医学的にみて、右のような徴候が認められても、それは心臓麻痺が起つたことを推定する根拠としては薄弱であり、且つ、窒息死の可能性を否定するものでないこと、が認められるから、前記甲第二号証の一、乙第一号証、証人黒河勝敏の証言は、本件死因が心臓麻痺にあることの証左とはなし得ない。しかして他に前記認定を覆えして渡部美智子の死亡が不慮の疾病その他不可抗的原因に基いて生じたことを認むべき証拠は何もない。

(二) なお前認定のように比較的水泳の上手な渡部美智子が何故溺死するに至つたかの点につき一考するに、目撃者の居ない本件ではもはやこれを明認するすべはなく、たかだか蓋然性の高い事態を推定する程度に止まらざるを得ないが、前認定の事実関係から考えると、同女は、前記水泳練習中、それも自由練習となつてから(けだし被告豊田栄年の尋問結果によれば、前半の班別練習は浅い部分のみを使用し十分な監視の下に行われたことが明らかであつて、この間に事故が起ることはまず考えられない)その年はじめての水泳のため喜んで夢中に泳ぎまわり、疲労して体息すべく足を水底に下したところ、そこがたまたま浅部と深部との境界斜面上あるいは深部であつたため誤つて全身水中に没入し、狼狽、水圧、あるいは疲労の為にわかに浮上体勢に復し得ないまま気管に吸水して失神し、水が混濁していたことも加わつて早期に発見されないで遂に死亡するに至つたものと推定することが可能であり、この推定を覆えすに足る証拠はない。右の次第で同女が上手に泳ぎが出来たという事実は同女の溺死を否定する資料とはなし得ないものである。

四、そこで次に本件事故が原告の主張するようなプールの瑕疵あるいは被告両教諭の指導監督上の過失に基くものであるかどうかについて検討する。

(一)  本件プールの設置目的及び性状は前記二の(一)記載のとおりである。ところで深い部分の水深一、四〇米といえば、普通の小学六年生の身長をこえる深さであるから、本件プールの深部は泳ぎが達者であるとも思われない小学六年以下の児童にとつては危険な場所といわなければならない。従つて当初からそのような児童をも利用対象として設置された本件プールを管理するに当つては、彼等に深部と浅部の境界を認識させ、深部は危険であるからこれに近寄らないよう周知徹底させる手段を講ずべきことはいうまでもないところであるが、更に小学生程度ではまだ十分な注意力をこれに期待できないから、常時とは云わないまでも、少くとも浅部を使用すべき小学生を泳がせる際には、遊泳中彼等が誤つて深部に赴くことを防止するに足る方法(例えば境界水面にロープを張り渡すなど)を講じておくべきこともまた当然の要請といわなければならない。

しかるに、証人徳永賢、同黒河光次、同渡辺和の各証言及び被告豊田栄年の尋問結果によれば、本件プールには、深浅両部の境界を標示するものとしてプールの中央部両側面に赤い印(但しそれが水面より上に表われているものか等具体的形状は明らかでない)がつけてあり、同じくその付近に一尺位の手鉤のような形をした鉄棒がとりつけてあつたにすぎず、その他には何らの設備も施されていなかつたことが認められ(なお右鉄棒がプールから上る際の支えとして設けられたものか、それとも境界水面にロープを張ることを予定しその支柱として設けられたものか明らかでないが仮に後者であるとしても、そのためのロープが作成用意されていたことを認むべき証拠はない)、右認定に反する証拠はない。そして小学生程度の児童においては水泳練習などは学科というよりはむしろ遊びであると観念し、夢中に泳ぎ廻り、つい危険を忘れて境界を越え深部へ赴く者のあることは容易にこれを推察し得るところであるから、これに対する安全措置としては前記のようなプール側面の標示や鉄棒だけでは極めて不十分あり、とうていこれを以て前記要請に応え得る設備とはいえないものである。してみると本件プールにはその目的性状上当然備えておくべき設備を欠いた瑕疵(この瑕疵が設置の瑕疵に当るか、管理保存の瑕疵に当るかの区別は本件では実益がない)があつたものといわねばならない。後記(二)に認定の注意事項告知の事実も右瑕疵を消滅させるものではない。

次に水泳プールには衛生上はもちろん、危険防止の見地からも少くとも水底を透視できる程度に澄んだ水を使用すべきものであり、且つ一般にそうしているものであることは証人高橋良躬の証言をまつまでもなく明らかである。しかるに本件プールの水が混濁していたこと及びその混濁の程度が著るしかつたことは前記二の(一)の(4) 記載のとおりであり、しかも前日新しく入れ換えたばかりの水にしてすでにそうなのであるから、この点においても本件プールは練習用プールとして通常備うべき安全性を欠いた瑕疵があるといわなければならない。付近に利用しうる浄水源がなく、強いて浄水を引こうとすれば多額の経費を要するものであつたことは認められるが、だからといつて、右の瑕疵がやむを得ないものとして一般に許容されるべきものであるということはできない。

しかしてこれらの瑕疵が本件事故の原因の一つであることは前記推定にかかる溺死の経過事実に照らし明らかである。

(二) 右の如き性状のプールにおいて、注意力に乏しくまた泳げない者もある児童多数を対象に水泳練習を実施するにあたつては、その指導監督にたずさわる者は、児童にプールの性状を認識させ注意を促すと共に、万一の事態に備えて常にプール内の動勢に注目し、事故の発生を防止すべき注意義務を負うことは多言を要しない。そこで被告両教諭についてこれをみるに、前記二の(二)の(1) 記載の練習経過及び被告豊田、同乗松各本人尋問の結果によつて認められる、本件水泳練習の何日か前に被告乗松において校内マイクを通じ約一時間に亘つて注意事項を放送し、前日にはこれをプリントにして児童に配布し、更に練習開始にあたつても被告豊田において深浅の境界に注意するよう告げている事実によつてみれば、両被告は事故防止のためにかなりの配慮を行つており練習開始までの段階では間然するところがなかつたというべきである。しかしそれにも拘らず渡部美智子が深みに陥つたについては、あるいは同女が深浅の境界への注意を怠つたか、それとも自己の水泳能力を過信したか、いずれにしても同女が浅部と深部の境界附近を遊泳していた時期のあることは明らかであり、(その点につき同女にも過失のあつたことが推定されるが)その状態を機敏にとらえて適宜の処置を採り得ず、さらに同女が水面下に沈んで浮上しないことに気付かず、結局本件事故を防止し得なかつたことは、多数の児童を監視することの困難さを考慮しても、未だこれを目して不可抗力とはいい得ず、両被告が前記事前の一般的注意にたより過ぎ、水泳開始後の個々の児童の動静に対する注意が不足した結果であるというべくそれ自体両被告の過失といわなければならない(男子組を受持つていたからといつて、被告乗松の監督責任が男子のみに限られるものでないことはあえて多言を要しない)。

なお原告は右両被告が練習終了の時点で点呼をとらなかつたことにも過失があると主張し、たしかに本件のように多数の児童をプールで泳がせた場合には、終了後員数を確認することは監督者として当然の義務というべきであるが、前認定の事故の経過によれば、渡部美智子の水没時刻についてはせいぜい九時三〇分頃から一〇時までの間としか推定できず、この間に三〇分の間隔があるところ、練習終了後遺体発見までの時間は約二〇分であり、発見時にはすでに呼吸も脈博も停止していたのであるから、点呼によつて右二〇分の遅延を防いでいたとしても同女を蘇生させることができたかどうかは明らかでなく、この点から、点呼の懈怠と本件死亡との因果関係が不明であるので原告の右主張にはにわかに同調し難い。

五、被告らの責任

(一)  以上認定したところによれば、被告丹原町は公の営造物であることの明らかな本件プールの設置(及び管理)者である(丹原町教育委員会は学校管理の面における被告丹原町の機関にすぎない)から、国家賠償法第二条第一項、民法第七一一条により、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任があり、被告豊田栄年同乗松俊武はいずれもその過失によつて本件事故を生ぜしめたものであるから民法第七〇九条、第七一一条により、同様後記損害を賠償する責任がある。しかして右被告らの責任はいわゆる不真正連帯の関係にあるものと解する。

(二)  次に、被告愛媛県に対する原告の請求について検討する。

(1)  国家賠償法第一条に基く請求について、

原告の右請求は、公立学校教育が右法条にいわゆる公権力の行使に該当することをその前提とする。しかしながら学校教育の本質は、学校という営造物によつてなされる国民の教化育成であつて、それが国又は公共団体によつて施行される場合でも国民ないし住民を支配する権力の行使を本質とするものではない。このことは学校を設置できる者が国又は公共団体だけに止まらず、私立学校の設置を目的として設立された法人をも含む(教育基本法第六条、学校教育法第三条)ことからも明らかである。従つて学校教育は、国又は公共団体によつてなされると学校法人によつてなされるとを問わず、いわゆる非権力作用に属するものである。してみると学校教育に従事する公務員は公権力の行使に当るものではないから、本件徳田小学校の体育授業に従事した被告豊田、同乗松両教諭は公権力の行使にたつたものではなく、右両被告に過失を認むべきこと前記のとおりとしても、被告愛媛県は(同被告が右両教諭の選任監督者ないし費用負担者であるか否かはもはや論ずるまでもなく)国家賠償法第一条ないしは第一条第三条に基く損害賠償義務を負うものではない。よつて右法条に基く原告の請求は失当である。

(2)  民法第七一五条に基く請求について。

被告豊田、同乗松両名が丹原町立徳田小学校の教員であること及び本件事故が右両被告の徳田小学校教員としての職務執行中に生じたものであることは当事者間に争いがない。

ところで市町村はその区域内にある学齢児童を就学させるに必要な小、中学校を設置する義務を負い(学校教育法第二九条)且つこれらを設置管理することは市町村の固有事務に属する(地方自治法第二条第三項第五号、第八項、同法別表第二の二の(二七)等参照)。しかして市町村が設置した学校の教員はその市町村の公務員であり(教育公務員特例法第三条)、これに対する人事行政権も本来市町村に属するものである。他方都道府県は町村(市を含まない)が小、中学校を設立する負担に堪えないと認められるときに、これに対し必要な補助を与える義務を負い、且つこれをその固有義務とする(学校教育法第三二条、地方自治法別表第一の二九参照)にすぎない。以上によれば市町村立小、中学校教育は市町村の事業であつて都道府県の事業ではないと解すべく、また市町村立小、中学校の教員の使用者も市町村であつて県ではないと解するのが相当である。

ただ、昭和二三年の市町村立学校職員給与負担法により、市町村小、中学校の教職員の給与は都道府県がこれを負担することとなり、(但し半額は更に国において負担する)しかも昭和三一年に「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」が制定されたことによつて、右都道府県が給与を負担する教職員(いわゆる県費負担教職員)の人事行政権は大幅に都道府県教育委員会に委任されたこと、ことに任命その他の進退を行う権限が都道府県教育委員会に属するものとなつた(同法第三七条)ことは、市町村立小、中学校教員の使用関係に複雑な外観をもたらしていることは否めない。しかしながら右のような都道府県教育委員会に対する権限委任は、義務教育学校教職員の府県単位での人事交流をはかり教育水準の統一を確保するという正当な要請に基き、市町村が本来有する人事行政権を尊重しつつ、右要請を充たすに必要な限度においてとられた措置であり、このことは、都道府県教育委員会は市町村教育委員会の内申をまつて右任命権等を行うものとされていること(同法第三八条第一項)県費負担教職員に対する服務監督権は市町村教育委員会に属し都道府県教育委員会はこれについて一般的指示をなしうるにすぎないこと(同法第四三条)、勤務評定も、都道府県教育委員会の計画の下に市町村教育委員会が行うものとされていること(同法第四六条)等に照らして明らかであり、従つて前記のような権限委任があつても、これによつて市町村が県費負担教職員に対する選任監督権を失い使用者たるの実質を欠くに至つたものと解すべきものではなく、まして小、中学校の教育が都道府県の事業になつたものと解することは到底できない。

以上によれば民法第七一五条の適用上、被告豊田、同乗松両教諭の使用者は被告愛媛県ではなく、被告丹原町であると解するのが相当であり、右法条に基き被告愛媛県に損害賠償を求める原告の請求もまた失当である。

六、そこで本件事故による損害について検討する。

渡部美智子が原告夫婦間の一人娘であつたこと及び同女の容姿が一〇人並以上であつたことは当事者間に争いがなく、証人山内角次郎、同山内サキ子、同渡部政一、同渡部成義の各証言及び原告渡部福一、本人尋問の結果によれば、美智子は体位、運動能力、学業成績いずれも良好で気だても優しかつたので、原告夫婦は、同女の下に男児二人を儲けているが長女である同女をとくに頼もしく思い、その成長を楽しんでいたことが認められ、この認定に反する証拠はない。原告夫婦が本件事故により多大の精神的苦痛を蒙つたであろうことは右の事実によつても十分推測されるところであり、前認定にかかる事故の態様その他本件諸般の事情を斟酌するときは、原告両名が受けるべき慰藉料の額は各二〇万円をもつて相当と認められる。

七、よつて本訴請求は、原告両名において被告丹原町、同豊田栄年、同乗松俊武に対し各金二〇万円及びこれに対する本件訴状が右被告らに送達された日の翌日であること記録に徴して明らかな日、即ち被告丹原町、同豊田栄年については昭和三六年五月一八日被告乗松俊武については同年同月二〇日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎順平 南新吾 青野平)

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